とても上品な日記

雑談とかしながらグラブルの話をするための備忘録

久しぶりにラボに来ました

こんにちは。とても上品です。いま画面の右3割で古戦場を走りながら左7割でブログを書いています。古戦場最高!

 

今日は昨日久しぶりにラボというか大学に来ていろいろと感じたのでちょっとそれを書き留めようかなと思います。ちなみに「来る」という表現からわかるように私は西側出身の人間です。

 

席替えと新B4

席替えが行われていました。私の席は変わらずきちんと存在していました。というか今年度も在籍するという意志は伝えていたので無かったらただのいじめなんですがね。仲の良い先輩が近くの席に来ておりちょっとウキウキしてしまいました。

左隣は去年と変わらない新M1の子が座っており、右隣は去年まで同期が座っていましたが今年から新B4の子が座っていました。いろいろと思うところがありますね。

ところで座席表を見たら私の欄の学年のところが「B?」になっていた笑っちゃいました。さて、一体Bいくつなんでしょうね。

 

新B4の人数

弊研は今年は新しく10人配属されています。枠が10人なので満員御礼ですね。教員1人につき新B4は最大5人なのですが、これは他学科を鑑みてもかなり多い方ではないかと思います。しかも弊研は研究の監修をしているのが2人の教員のうち主に片方なので、1人につきB4が10人。こんな無茶な体制だから放置系ブラックが生まれてしまうのかもしれませんね。

ところで昨日知ったのですが、どうやら新B4は全員私のブログを読んでいたらしいです。マジ?これ読んでよく弊研に来る気になるなぁ。第二の私が生まれないことを祈っています。

 

ラボのある建物で

そもそも何で昨日大学に行ったのかというと学生証の受け取りのためです。留年する=標準修業年限を超える=学生証の更新が必要なわけです。

建物に入る。エレベーターで階を上がる。ラボに行き荷物を置く。

エレベーターで階を降りる。事務室へ向かう。ちょっとトイレに寄る。

エレベーターで階を上がる。ラボに戻る。

いつもの光景、いつもの動作なんですが、何かが違う。

心がそわそわする。

何が違うの?

 

そう、同期がいない

 

厳密に言えばD進した同期が別の研究室にいるといえばいるのですが、ストレートで院進→就職した同期はもうここにはいないのです。B2冬から4年半もの間一緒だった同期が。

もうエレベーターに乗ってたまたま同期に会って他愛ない話をすることもできない。もうトイレでたまたま同期に会って他愛ない話をすることもできない。建物併設の100円ローソンにも、キャンパスに足を踏み入れてから建物に着くまでの間にも、ご飯に出ようとしてキャンパス周辺の飯屋に入っても、どこにも学科の同期はいない。かといって私は別に就職しているわけではないので自分の周りの環境は変わらない。自分の周りの環境は変わらないのに人はいなくなっている。

これが別れか。これが別れなのか。

ここまではっきりと別れを実感することになるとは思っていませんでした。こんなに残酷な現実を突きつけられる覚悟はしていなかったのでかなり沈んでしまいましたし、泣きそうになりました。というか帰りにちょっと泣きました。現実は残酷ですね。

 

ラボの環境

席替えがあり新B4の配属もありましたが、それ以外で特に変わっていることはありません。新M1とは卒論期を通していろいろと親睦を深められたので前よりは話すようになっています。

冷蔵庫が壊れていてちょっと笑っちゃいました。スーパーカップが中で溶けていたのが原因らしいです。スーパーカップ侮るなかれ。

生八ツ橋のお土産があったので1つつまみました。おいしかったです。

特にやることもないので適当にPCを開いてグラブルなどをして適当に帰りました。

新B4含めた研究室メンバーが自己紹介をする初回のミーティングに出なかったので私の存在は認知されていないかもしれませんが、それは些末なこと。気が向いたときにまたラボに来ようと思います。

 

補足

ラボでグラブルするだのスマブラするだの、こういう話をすると「信じられない!」みたいな反応が他学科の友達からたまに来るのですが、弊学科のうちいくつかの研究室がそういう風土であるというだけです。弊研ではたまにスマブラや麻雀をしますし、A研究室ではかなりの頻度でスマブラが行われています(今はわかりませんが少なくとも去年まではそうでした)。T研究室では週1程度でボドゲTRPGが行われていたり、E研究室の居室では学祭後に10人以上で集まってゲームをしたりなど、そういう風土があります。

 

まとめ

久しぶりにラボに来たら大学に同期がいなくて悲しくなりましたが、これも自分が選んだ道。ゆっくりやっていこうと思います。

では、古戦場に戻ります。Bye✋

人生で最も幸せだったかもしれないこの1ヶ月半

こんにちは。とても上品です。3月も終わりだというのに意味不明なくらい寒いですね。ってか時候の挨拶しないようにしてたんでした。今のナシで。

 

今日は特に何も話題はないのですが、卒論提出から1ヶ月半が経ってそろそろ終焉を迎えるこの春休みでいろんな嬉しいこと・楽しいことがあったので、それを適当に書き留めていこうと思います。なおあらかじめ言っておきますが、この記事はただの幸せアピールです。これはただのブログ=Web Logですからね。

 

2/17~2/23

・前回の記事(https://totemo-johin.hatenablog.com/entry/2019/02/25/183000)についてですが、私としてはあくまで感謝・お祝いの記事だったので研究室のボスや某D3の方へのヘイトをかなり抑えたつもりだったのですがそれでもまだ強烈にヘイトが感じられたらしく、読者の皆様には申し訳ないです。なるべく読者の感情がスムーズに流れていくような記事にしようと心がけているしこの記事でもかなり意識していたのですが、失敗してしまったようですね。失礼いたしました。

・サークルの追い出しコンパがありました。私は大学6年目なので同期はほぼM2で今年度で卒業を迎えるのでほとんどの同期が追い出されますが、私はまだ追い出されません。追い出す側ですね。さすがに6年間も一緒にいた人間の門出となると私にも若干クるものがあるんですけど、表には出してませんでした。そう言いつつこれ書きながら涙ぐんでるんですけどね。まだこの記事も冒頭なのに。

・来期の休学届を出しました。

音ゲーオフをして音ゲー仲間の方に祝ってもらいました。8ヶ月ほど前からグラブルでも懇意にさせてもらっている方なのですが、いろいろと良くしてくださっているので吉報を届けることができて本当によかったです。

・学科コンがありました。参加者の中には既に社会に出た人も3人くらいいたのですが、だいたいはこの4月から社会に出るメンバーです。ほとんどの人にとっては在学中の最後の学科コンですね。私はとにかく同期に喋りかけては先に「はい、まずは俺になんか言うことあるやろ?おめでとうは?とこれ見よがしにまず自分を祝ってもらいました。ストレートでぱぱっと卒業する人間よりも私の卒業のほうがめでたいだろと思っていたからです(これを私が言うのは無粋なのですが)。こういうことが言える仲の人間というのは貴重ですね。

・サークルの先輩とカキフライ食べ放題に行きました。合格したらメシ行こうなという話をしていたので実行ですね。私は「今度〇〇やろう」を絶対に許さないタイプ(正確に言うと「今度〇〇やろう」と言って実行しないことを絶対に許さないタイプ)なので、しっかりと実行しました。卒業祝いに仁王というPS4のゲームをいただきました。ニオーッ👺

 

2/24~3/2

スマブラの宅オフに2回行ってきました。身内のいない環境に行くのは初めてだったのですが、非常に良い刺激になったと思います。ちなみに私のベヨネッタでの勝率は3割くらいでした。0割じゃなくてよかったです。

・サークルの先輩とご飯に行っていろいろ話をしました。この方は去年8月の公務員試験の頃に私が不安で潰れそうだったときにいろいろお話をして助けていただいた方で、またお世話になってしまいました。非常にありがたいことです。

 

3/3~3/9

・ラボ同期+αで金沢に卒業旅行に行きました。Airbnbを借りて1泊2日楽しんできました。行ったのは兼六園金沢城公園、忍者寺とかですね。回らないSUSHIも食べてきました。のどぐろおいしかったね。

びっくりしたんですけど、1日目の夜に家のトイレが詰まりました。家にスッポンが無くてなかなか解決できず、これは業者呼ぶかなあ高くつくなぁ嫌だなあとか思ってたんですけど、同期の1人が突然服を脱ぎ始めて「よし」とか言ってペットボトルを切り抜いてスッポンの形にして、トイレをベコベコし始めたら直りました。サバイバーかな?

・学科同期とキャンパス近くの担々麺屋さんに行きました。3人で担々麺屋に行くというこの会はB3の頃からやっていて4年目になるのですが、うち1人がこの4月から地元(四国)に帰ってしまうのでどうあってもこれが最終回になります。終わった後に弊研でカタンをしたのですが私がボロ勝ちして2人が「はーつまんな」「もうカタンやらん」と言っていたのが面白かったです。つまんないとかもうやらんとか言ってもまたやるんですけどね、カタンというゲームは

 

3/10~現在

スマブラのちょっとした大会に出てきました。IT企業対抗スマブラ大会(https://smashlog.games/4450)の第二回的な位置づけの大会ですが今回は参加社4社・参加者14人という小規模なものでした。前回とは異なり今回は個人で戦う大会で、結果は私の優勝。決勝は3本先取、対ゲムウォになってベヨネッタで2本先取したものの相手が慣れてきて2本取り返され最終戦、キャラを変えるか迷いましたが最後は昔からの相棒であるデデデを信じてデデデにキャラ変して優勝。やっぱデデデ最高や。

Splatoon仲間のオタク3人でカラオケに行きました。フリータイムで5時間ほど居て59曲くらい歌いました。人の歌を聞くのも自分が歌うのも好きで、カラオケは昔から好きなのでとても楽しかったですね。私以外の2人はこの4月から社会人になるのですが、Splatoonで知り合って3年ほど経って今まで長いようで短かったなあと思います。

Splatoonを中心として発展してきたとあるゲームコミュニティで学生の門出を祝う・社会人の退や転などを労う「終焉会」という催しがありました。フリースペースを借りて参加者24名で5時間やいのやいのする会で、本当に盛り上がりました。門出となる学生は6人おり、その中でも私だけは厳密に言えばまだ卒業ではないのでアレですがもう学業には従事しない予定なので、主賓の一人として大いに楽しませてもらいました。社会人の方々が各々で食事やプレゼントを用意してくれており、人間が集まるとこんなにパワーが生まれるんだなと思いました。なんかこれ意識高い系みたいな発言ですね。

・学科の先輩とご飯に行きました。この方とはもう3年以上の長く深い付き合いになっていて普段からクソリプを交わし合う仲なのですが、私が卒業確定したときも「卒業確定しました!めでたいのでご飯おごってください!」と突然直球のリプをしてご飯をおごってもらうことになりました(なりましたというか、しました)。その後に音ゲーもしましたが弐寺は変な筐体だったしボルテでは変な譜面を投げて先輩を満身創痍にさせてしまいました。

・最後のラボミーティングに顔を出しました。毎年最後のラボミは出ていく人が好き勝手に自分の趣味などを発表するという慣例なのですが、その日は夜に別の友達との通話の予定があったので私は途中で帰ってしまいました。ラボ同期のゲーマー2人がどちらもゲームの発表をしていたのが印象的でしたね。

 

まとめ

ということでここ1ヶ月半くらいであったおめでたイベントでした。いや本当に幸せアピールなので特にこれ以上もこれ以下も何もありません。

とにかく2/15に卒論発表を終えてからここ1ヶ月半はハッピーな毎日で、いろんな人に祝ってもらいました。中には私の卒業確定を自分のことのように喜んでくださる方も多くいて、本当に嬉しい限りです。なんて素晴らしい人達なんだろう。こんなに自分は恵まれているのかと。

さて、現在3/31ですが、実は誕生日です。いろんな人にお祝いをしてもらいました。春休みにたくさんハッピーをもらったのに最後にまたお祝いをもらって非常に嬉しいですね。

実はSplatoonの知り合いの方に誕生日おめでとうイラストをもらってハッピーが爆発したので、ちょっとブログ書こう、と思ってこの記事ができたためハッピーな記事になってしまいました。思えば去年も別のSplatoonの知り合いの方に誕生日イラストもらいましたし、いやぁ、幸せだなあ。生きてるって本当に素晴らしいことなんですね。

何の実りもなくただ生きているだけになっていた―身体は生きているが心は死んでいるも同然だった2018年11月までの2年間を考えると、自分からこんな言葉が出てくるなんて思いもしませんでした。何というか、人生どう転ぶかわかりませんね。

 

全てが変わるきっかけになったこのブログと周りの人すべてに感謝を込めて。

2019/3/31

事の顛末と、本当の謝辞

こんにちは。とても上品です。

 

結論から書きます。

タイトルの「謝辞」という文字から予想できると思いますが、卒論を出して発表を終えることができました。

今回は例の記事(後悔の多い大学生活を送って来ました - とても上品な日記)から現在に至るまでの事の顛末を話していこうと思います。

 

なぜ例の記事が出来たか

この項目は以前に書いたことの焼き直しになるので、読んだことのない方だけお読みください。

--引用ココカラ--

例の記事の1週間ほど前にキャンパスから帰宅している途中で「あ、どうも」と声をかけられて、顔に覚えがなかったので「あ、どうも……ん?えーっと……」みたいな反応をしていたら「○○研(私の所属する研究室)のB4です」と言われて、スマ~ンとなりました。研究室に行かなすぎて後輩の顔も知らなかったのです。

帰る方向が一緒だったので少し一緒に帰っていました。そこで話している途中にポロッと「まあ多分俺退学するからね。あ、今のは誰にも言ってないことやから」とぼやいたのです。自分でも驚きました、サークルの後輩ならまだしもそこまで交流のない後輩にこんなに簡単に打ち明けてしまうのかと。むしろ交流の薄い後輩だったからこそ言えたことなのかもしれません。

一度口に出してしまうということはやはりもう自分の中では決心が付いていたんだなと思い、外に出すハードルが下がりました。先週末の学科の飲み会で何度か「これからどうするの?」って聞かれたんですがもう隠すこと無く「多分退学するんやないかな」と答えることができました。表に出すハードルがかなり下がった、というのも記事を書いた理由の一つです。

--引用ココマデ--

たまたま彼と話をすることがなければあの記事は生まれていなかったんだなあと。

 

Dの人から声をかけられる

その後、バズった例の記事を読んだラボのDの方から「テーマあげられるから、頑張ってみない?」ということで、すごく迷ったし怖かった(人生を動かすことは怖いことなので)のですが、人を頼れない人間にとって手を差し伸べてもらうことほどありがたいことはないことですし、逆にこれを逃すと本当に終わりだと思って、研究を再開することにしました。

再開とはいってもそもそも1周目のB4とは似ても似つかない研究内容で、どちらかというと情報というより電気側の内容だったのでものすごく自信がなかったのですが、プログラミングが嫌いだったことと机に向かって勉強することだけはできるつもりでいたことを考えて「ヨシ、頑張るぞ」と奮起しました。

これは割と最近聞いたことなのですが、そのDの方に声をかけられた理由が「例の記事がバズってたまたまそのDの方のTwitterのTLに私の記事が流れてきて、たまたまそれが目に触れて、たまたまそれが私だとわかった」のだと私はずっと思っていました。しかし実際はそうではなく、そもそも例の記事の後日にラボ内にいた数人で例の記事の話をしていたということらしく、それを後で知って非常に驚きました。あんまり皆遠慮してあの記事のことは話題に出さないんじゃないかなと思っていたので。

 

卒論執筆

ということでDの方にテーマをいただき、わからないことをあれこれ聞きつつおんぶにだっこになりながら卒論を書いていました。そして書くことができました。

……だけだと味気ないので少し喋っておくと、まず「研究のロードマップがきちんと固まっていること」は大事なんだなと思いました。自分で一から興味ドリブンでいろいろ調べてああだこうだするのは研究初参戦のB4がやるにはかなり厳しい道になるので、研究の方向性がしっかりしているテーマというのはそれだけで非常に価値があることなのだと思いました。

Dの方が行っている研究の本流というよりはどちらかと言えばサイド寄り?の部分を担当したのですが、卒論にするためのテーマの切り分け方もとても適切・必要十分で、本当に助かったと思っています。

 

私が卒論を書けたのはまず間違いなくこのDの方のおかげです。深謝。

 

なにぶんやるべきことが決められたゴールに対しては動きやすいタイプの人間なので、まずゴール(つまり研究テーマと最終目標)を設定するところから始めなければいけないという大きな障壁を超えられたことは非常に大きかったです。

卒論を書き上げることを主目的とするなら「きちんと指導してくれるM・Dの下につけるか」が大事なんだなとひしひしと感じました。教員は何も与えてくれないので。

 

放置研であるということ

私の研究室は進捗圧が無いという意味ではホワイトですが、その実いわゆる放置系ブラックというやつです。私のような「ゆるいって聞いて来ました」みたいな人間は、研究室がゆるいことそのものとは相性が良いですが結局進捗がどこからも発生せずに破滅します。私がそうだったように。

ちょっと良くない話をすると、卒論生が「卒論を書けなかった」場合って教員と学生のどっちが悪いんでしょうね。私にはわかりません、というかどう思っていても今の立場の私が言うべきではないと思いますので言いません。別研の友人によれば「修論はともかく卒論生が卒論書けないのは教員が9割悪い」という意見もあるみたいです。このあたりをどう思うかは人それぞれだと思います。

また、卒論発表が終わった日にラボでとあるDの方(私の卒論を指導してくれた方とは別の方)が「うちはテーマを与えないわけじゃないし放置でもない」みたいなことをおっしゃってました。「うちは研究テーマは何でも自由にできるけど、それは0から介護をしてあげるという意味ではないから、何もしない人が何も生み出せずに破滅するのは当たり前だ(つまり教員ではなくお前が悪い)」「うちがゆるいという噂を聞いて来たとしたらそれはその学生が間違っている」という主張です。

別にそれ自体は正しいと思います。ですがこれ、私が「このラボってテーマを与えないですよね~」みたいな話を別の人とした直後に、私が会話から抜けてからわざと私に聞こえるような声量で言ってるんですよ。性格が悪いですね。もともとこのDの方とはそこまで仲良くはなかったのですが、ちょっと決定的になってしまいました。こんな性根の悪いことををする人だとは思ってなかったので幻滅です。

いや、残念ながらうちが「ゆるい」ことは事実ですし、その情報を聞いたB3が「ここはゆるい研究室なんだ~研究でしんどくなりたくないし1年間お邪魔するか~」みたいな気持ちで来ることは至極当然な流れなんですよね。それを内情を知っているからという理由で「それは間違っている」と一蹴するのはただ情報マウント取ってるだけの嫌な発言に聞こえてしまいます。なかなかテーマを与えないことも残念ながら事実なんですけどね。

別にこのDの方は間違ったことは言ってないと思いますし、要は私が卒論を書けなかったのは教員の責任じゃなくてお前の責任だぞって言いたかったんでしょうし、特にそれを否定するつもりもありませんが、私を否定するようなことをわざと私に聞こえるような声量で言うっていうのはいただけないですね。ちょっと悲しくなってしまいました。

おい新B4、誰に指導してもらうかは本当に大事だからラボの先輩がどんな人かは慎重に見極めるんだぞ。嫌な人の下につくんじゃないぞ。

 

今後のこと

嫌な話をしたので明るい話をしましょう。

とりあえず現状は卒業論文の単位が来ることはほぼ間違いないと思っているので卒業確定と言っていいと思います。

卒業自体はせずにもう少し大学に在籍するつもりです。これ以上のことはあまり言えないのですが、就活するんだと思っていただければ差し支えありません。

そろそろ25歳になるのですが、気持ちとしてはまだ22歳くらいなんですよね。まだまだ若いつもりでいたんですがもう20代も折り返しですよ。不思議だなあ、何でだろうなあってちょっと考えてみたんですけど、ああ、2,3年無駄にしたからかって気づいたんですよ。

例の記事でも言いましたが実はここ3年間の記憶の時系列がぐちゃぐちゃで、最近の自分に起こった出来事が一体20xx年の出来事なのかわからないのです。せめて記憶があるのは去年モンハンとグラブルを始めたことくらいで、B4の1周目と2周目(特に2周目)に何をしていたか全然思い出せません。大事な大事な20代前半の2~3年が無駄になったことは人生にとってはかなり大きな痛手ですね。終わったことなので仕方のないことなのですが。

やっと、やっと時計の針が動き出しました。人生これからです。失った時間は帰ってこないのでこれからを強く生きましょう。

 

本当の謝辞

卒論には謝辞があります。論文を書くにあたってお世話になった方に感謝の気持ちを述べるものです。ただ研究に関してのみ言うならば、私は自分についてくださったDの方以外に感謝の念は感じていません。つまり何が言いたいかは……察していただけるとありがたいです。

ということで、タイトルにもある通り本当の謝辞をラボの一部の人に述べていきたいなと思います。

 

教員(たびたび私がブログで言っているほうではないほうの教員)

この先生には、たびたび人生相談・進路相談に乗ってもらいました。また、今年どうしようか?みたいな連絡をくれるのもこの先生でした。話をしていても非常に含蓄・教養があることを感じられ、歳の差はあれど楽しくお話をさせてもらいました。研究を直接見てもらうことはありませんでしたが、精神面・事務面など(特に事務面)で非常にお世話になりました。ありがとうございます。

教員(たびたび私がブログで言っているほうの教員)

私からすれば全ての元凶なので、本当は「学生の20代の大事な2年間を浪費させたことは楽しかったですか?世話をしないことで学生の人生をめちゃくちゃにするエンターテイメントはお楽しみいただけましたか?」とか言ってボロクソに叩こうかと思っていたのですが、B4の12人の研究を監修するのが実質的にこちらの教員だけであったことを考えるといろいろ大変だったんだろうなという同情はします。

卒論発表2日前の発表練習ミーティングでは結構的確に建設的なコメントを残していて驚きました。なんだちゃんと教育者らしいこともできるんだなって。私にはしなかったのに。

そのミーティングが私にとって実に2年半ぶりのミーティングだったのですが、相変わらず学生を詰めるときの話し方が嫌だなあと思いました。変わらないですね。あくまでも個人の感想ですが。

1月中旬なんかはあまりにも嫌いすぎて傍を通るたび・声を聞くたびにめちゃくちゃイライラして殴りかかろうかと思っていたくらいでした。だって私の人生をめちゃくちゃにした張本人が何食わぬ顔で歩いてるんですよ?そりゃ少しはイライラもしますよ。私は聖人じゃないですし。

なんだかんだ結果的には卒業確定させることはできましたしそういう意味においては感謝なのですが、結局失った2年間は帰ってこないですしねえ。

とても複雑な心境です。終わりよければすべてよしと言いたいところですが、さすがにそう言えるレベルを超えているので何とも言い難いですね。まあ、これからはこういう学生を生まないようにぜひお願いしますね。3年間ありがとうございました。

ドクターのAさん(私の面倒を見てくれたDの方)

先述しましたが私が卒論を書けたのは全てこの人のおかげだといっても過言ではなく、本当に感謝してもしきれません。自分の研究もあるはずなのに私の研究を逐一見てくださってあれこれ指示をいただいていました。わからないことがあるときに人に聞けないという悪癖を治そうとして、わからないことが発生するたびにいろいろ尋ねに行っていたのですが、わからないことだらけだったので本当にずっといろいろ教えてもらっていておんぶにだっこでした。

本当に感謝以外の言葉がありません。ありがとうございました。

同期のB君

B君とはグラブル・ボルテ・弐寺などさまざまな趣味が通じており、席が近かったのもあり研究室で何かあるたびにすぐ雑談をしていました。私をグラブルに誘ったのも彼であるなどいろいろな因縁があるのですが、同じ趣味の人間というのは貴重なもので、非常にありがたかったです。

10月くらいに復学しようか考えていた頃に私が研究テーマをもらおうと思っていたのも彼で、一時期はそういう話も出したのですが、私があまりにも研究関連の話をしないことと、研究関連の話をされたくないオーラを出していたので彼からもアプローチがしにくかったことだろうと思います。そこは迷惑をかけてしまったな、と今となっては思います。

とにかく研究室で一緒に一番話ができるのは彼でした。ありがとうございました。

同期のC君

C君とも非常に趣味が合い、B2の頃からずっと仲良くしています。一緒に音ゲーの遠征をしたりお互いの家に泊まったりしたこともあります。彼は我が弱いタイプのオタクなので、我が強いオタクの私はとにかく彼に喋りかけがち(我が強いのでとにかく話がしたい)で、会うたびに何かしらずっと軽口を叩いていたように思います。

これは確か今ではできなかったように思いますが、数年前はiPhoneのロック画面からSiriを起動して「つぶやく」と言うとロック解除をスキップしてTwitterが起動されて好き勝手にツイートをすることができ、それを使ってこっそり彼のiPhoneから「うんこ」とツイートするみたいなくだらないイタズラをよくやっていました。今でもやりたい。

とても楽しい時間を過ごせました。ありがとうございました。

同期のD君

D君は登校・帰宅リズムが破壊されているタイプのオタクで、結構夜遅くまでラボにいることが多く、私が23-24時に帰ろうというときにもだいたいPCに向かっていて何かしらしていました。帰り際に私が話しかけて、門が閉まる24:30ギリギリまで他愛もない雑談をして帰るというのが恒例行事のようになっていました。

実はB3まででほとんど彼と話をしたことがなく、それは彼が陽キャ・運動会系っぽい見た目であんまりそりが合わないかなと思っていたからなのですが、B4で同じラボに入ってから話すようになって思ったより話が合うので結構いろいろ話をしました。彼ともよく軽口を叩いていたように思います。

またくだらない話をしましょう。ありがとうございました。

B4のE君

隣席のB4の子で、昼過ぎにラボに来て17時くらいには帰る不思議な子でした。でも研究はなかなかうまくいってない様子で、でも私からは特にアドバイスできるようなこともなく、ただお互い隣席というだけの関係でした。

直近の11-12月くらいからたまに喋るようになりました。以前、「例のブログ回ってきたので読んでみたんですけど、最初誰かわかんなかったんですけど読んでいくうちに『もしかしてこれ、隣の人のことじゃないか?』って思い始めました」って言われたのが面白かったです。せやで、隣の人のことやで。

Mからも頑張ってください。ありがとうございました。

B4のF君

この記事の冒頭にも引用したとおり、全ての始まりになってくれたB4の子です。彼がたまたま私を見つけてたまたま話しかけてくれて、たまたま私が「退学するつもりなんだ」と言うことがなければ例の記事は生まれていなかったですし、例の記事が生まれていなければDの方に声をかけていただくこともありませんでした。そういう意味で私にとっては裏のMVPのようなもので、かなり感謝しています。

Mからも頑張ってください。ありがとうございました。

 

まとめ

いや別にまとめというまとめも無いのですが、とにかく人生の新たな門出を迎えることができました。おかしな話ですよね、まだ25歳なのに新たな門出なんて。でも私としては2,3年前から止まっていた時計がやっと動き出したところなんですよね。

「人生の新たな門出」とかそんな大袈裟なこと言っておいてその実ただ卒論書いただけなんですけどね。ただ巡り合わせが悪くて「卒論を書くだけ」のことができなくてこんなに大変な思いをした例もあるということです。周りの皆には当たり前のように卒論が書けても私には当たり前のようにはできなかった、ということです。

なんか例の記事であんな絶望的なことを書いた手前結局卒論書けたのかよみたいな感じはあるかもしれませんが、何はともあれ卒業確定できたのでそれを疎む・妬むのではなく、ぜひとも地獄からの門出を祝福していただけると嬉しいです。

これから就活があるのでまだまだやることは多いですが、大学生活は一段落しました。

こんな私ですが、ぜひ皆さん気が向いたら祝ってやってください。

近況報告

こんにちは。とても上品です。そろそろ冒頭に書く時候の挨拶が思いつかなくなってきたので時候の挨拶やめます。

 

最近特にこれといったことは起きていないのですが、とりあえず近況報告をしようかなと思い立ちました。いやほんとにこれといったことは起きていないのですが、とりあえず後日1つ書くつもりの記事の前準備的なものを一応書いておかないとびっくりされるかもしれないなと思ったとかその程度です。

 

大学について

卒論についてですが、書いています。締切まであと2日ちょいしかないですが頑張っています。じゃあブログなんて書いてる場合なのか?たまには息抜きもいいじゃないですか。

私についてくださっているドクターの方におんぶにだっこでお世話になっています。昔よりは「相手の時間を取るのが申し訳ないから聞かない」ことは減ったかなと思います。

あんだけ啖呵切っておいて結局卒論書くのかよという誹りは甘んじて受けますのでご自由になさってください。ただ個人的には卒業確定できたらそれを責めるよりは地獄からの門出を祝福してくれたほうが嬉しいです。もう2年間十分めちゃくちゃにされてきましたので。卒論出して卒論発表まで終わったらその後の話はそのときにまたしますね。

 

久しぶりに週5で大学に行ってるんですけど、何というか驚くほど無味乾燥な生活ですね。起きて大学へ行き、無味乾燥な時間の流れる研究室でPCに向かって執筆をして、日付が変わる頃に帰って寝る。B3の頃のように放課後に控室で友達で集まってワイワイ遊ぶようなことも起きず、帰りも遅いので人と遊ぶこともない。なんというかただひたすらに無味乾燥。これが人生?どんだけつまらないんだよ。

勘違いされないように言っておくと研究自体は別につまらなくはないですし、むしろ自分がやるとは予想だにしてなかった分野なのでかなり新鮮な気持ちで臨めています。ただ、家と大学を往復して家ではただ寝るだけっていう生活がこんなにも無為なものだとは思っていませんでした。誰と何を遊ぶことをモチベに生きればいいの?なんで誰とも遊べないの?

とりあえず卒論発表が終わるまでの約10日間を走りきったら人生最後の春休みが待っているので、そこまでは卒業目指して頑張ろうかなと思っています。

 

趣味について

スマブラグラブルを永遠にやっています。

スマブラに関しては先日Genesis6(という名前のクソデカ世界大会)が行われてさらなる盛り上がりを見せてますね。私のモチベもめっちゃ上がってるんですけどベヨネッタでVIP潜るたびに自分の弱さに絶望しているところです。ベヨネッタはそこまで弱くないはずなんですけど私が弱い。適当に使ってるデデデとかDKとかのほうが戦績が良い。うんち。

あとサークルでスマブラが結構盛り上がってて、週3-4くらいのペースでオン部屋が立ってて喜ばしい限りです。forの頃はこんなことなかったんですけどね。WiiUが悪いよWiiUが。

 

グラブルに関しては前回の闇有利古戦場からまた別の団にいます。古戦場前にTwitterで団活したところ6つくらいの団からお声がかかったのですが、そのうちの1つにお世話になっています。

団と個人はビジネスライクな関係であるべきだ!と思っているんですけど、どうやら自分はとんでもなく人懐っこい性格のようで、なんだかんだ古戦場を経て結局「団長すき♡」とか「○○さんすき♡」みたいな感じになってて、まさか自分がここまで人懐っこい性格だとは思ってなかったですね。人間が好き皆も俺のこと好きになってくれや。

  

ということで今日の記事はここまでになります。最後は今 ""流行り"" の「いかがでしたか?」で締めようかと思ったのですが書いててこっちが気分悪くなってきたのでやめました。

それ、私です

こんにちは。とても上品です。年末年始は財布の紐を緩めて食べたいものを食べたいように食べています。もともと太っているのですがさらに太ってしまいますね。

さて、今回は特にこれといったテーマはありませんが気が向いたので適当に書いていこうと思います。

 

卒論について

一応あれ以来動きはあったということだけご報告しておきます。もしかすると今年卒論書けるかもしれませんが、あまり確定してない状況のことを言うのは良くないので、これに関してはいろいろ定まってからまた書こうと思います。

 

それ、俺だよ

ちょっと面白いことがあったので書き留めておきます。

12月の半ば頃からちらほら研究室に向かっています。ある日エレベーターに乗って上層階へ向かっているとざわざわと話し声が聞こえるのです。いかんせん建物が大きいのでエレベーターも広く、そのときは10人くらい乗っていたでしょうか。そこで聞こえた話の内容が、

「なあなあ、あのブログを書いた人ってさ、○○研(←合ってます)の人だよね?」

「俺は多分そうなんじゃないかって思ってるんだけど」

「そうなの?それは知らなかった」

 

え、ウケる。

その人いま同じエレベーターにおるよ。

 

知り合いにあの記事の話をされることはあっても、見ず知らずの人に話をされるというのは全く警戒していなかったことで、どんなことが言われるだろうとドキドキしていました。

 

「ラボ見学のときにさー、○○先生に『ミーティングの場でだけやけに高圧的なんですか?』って……」

 

え、聞いたん?聞かんかったん?どっち?

もっとエレベーターの端っこにおる俺に聞こえるようにはっきり言ってくれんかな?????

 

どうやらその集団はとある研究室の見学に来ていたB3のようで、私の研究室がある階の1つ下の階でぞろぞろと降りていきました。

実際に聞いたのかどうかがあまりにも気になったので、研究室に着いてからこのことをラボメンに話して「見学に来たB3そういうこと言っとった?」って聞いてみたんですが、どうやら実際には聞かなかった様子。

なんというかめっちゃゾクゾクしましたね。実際にそう聞かれて教員とギスギスするなんてことになったとしたらそれはそれで盛り上がりそうな展開です。とは言っても、そもそも当該教員はかなりネット側の住人なのであの記事のことを多分知っているでしょうから、B3がそういうことを聞いても特に何の影響もなさそうですが。

 

いやあ、実に面白かった。エレベーターの中で話を聞きながら笑いをこらえるのに必死でした。

学科のB3の子、もっといろいろ生の声聞きたいと思ったらDMなり何なりでいろいろ聞いてくれてええんやで。

 

一応書き留めておきたいことはこれで書き終わったので、あとは筆の進むままに書いていきますね。

 

ブログがバズって

なんと例の記事がはてブのランキングに乗っていました。当該週間で10位だったそうです。ただの自分語りがこんなことになるなんてしゅごい。

惜しむらくはこのランキングが「ブックマーク数」であること。

例の記事を書いた翌日くらいにはてなブックマークを見に行ったらとんでもないdisられ方をしていてびっくりしました。それ以来見に行ってはいませんが、ブックマーク数が多いというのは名誉なのか不名誉なのか。果たしてどうなんでしょうね。

流れとは全然関係ないのですが、ちょっと面白い記事を見つけたのでリンクを貼っておきます。

私も人間なのであまりdisられるとちょっとは反発したくなるものなのですが、いたちごっこになっても仕方ないのでこの記事を借りてお返事とさせてもらおうかなと。

 

自分語り記事の増加

これは気のせいかもしれないんですけど、最近自分語り記事増えてませんか?

自分語り記事というか、休学・退学エントリーが私の知り合い範囲で結構増えている気がしています。類は友を呼ぶということなのでしょうか。それともたまたまなのか、時期の問題なのか。アドベントカレンダーの影響も大きそうです。

もし私が書いたあの記事を読んだことで自分もそういう記事を書く気になったという人が仮にいたとしたら嬉しい限りです。これはさすがに自惚れですかね。

 

2018年に遊んだゲーム

を振り返るやつをやろうかなと思ったんですが、

2,3,4月=モンハンワールド

5月以降=グラブル

12月=スマブラ

しかなくて特に振り返ることもありませんでした。この年末年始でプリコネの無料10連がやってたみたいなので始めようかなとも思ったんですが結局やらずじまい。デレステもどうしようか悩みましたがスマホ交換でアカウント消えてから復旧する手間が面倒になってしまいこちらもやらずじまい。

昔はコンシューマーゲームをたくさんやっておりスマホゲーアンチだったんですが、今では寝ても覚めてもグラブル漬けでアプアプの実の能力者の全身アプリ人間になってしまいました。人間って変わるものなのですね。

 

やってない人間がガチャで当たりを引いたとき

引き続きソシャゲの話になりますが、最近こんな声をよく聞きます。

「無料ガチャ限定引いてコイツじゃない文句も結構な殺意ポイント高いけど普段グラブルやってない奴が無料ガチャだけ引いてドブった萎える〜とか言ってるの見るとお前頭からドブに叩き落として殺すぞってなる」(2019年1月、@tr_pyatさんのツイート)

ちょっと攻撃的なワードが含まれており、ツイート主様が凍結されてツイートが見れなくなったときのために文字だけ抜粋させてもらいました。

 

これ、気持ちはよくわかります。非常によくわかります。

なので私はやってない人間のガチャ当たり報告には耳を貸さないようにしています。

ソシャゲなんて5割くらいは自慢というかイキリというか煽りというかそういう面でできていると思うんですよね。特定のキャラが全然引けなくて数百回ガチャ引いてようやく引けた人に「FF外から失礼します、私は単発で1回で引けました!」みたいなクソリプどころかアスペリプかまして相手の神経を逆撫でして楽しむような、そういう文化が存在してしまうのがソシャゲの性です。

そんなつまらない人間のつまらない煽りにいちいち心を乱されていては保ちませんから、私は真面目にそのソシャゲをやってない人間のガチャ報告はスルーしますし、仮に当たりを引いていたとしても「ふーん」としか思わないです。わざわざリプで絡まれれば話は別かもしれませんが、そんなくだらないことをする人は私の周りにはいない(と信じている)ので。

少し話が逸れるのですが私は運命論を割と信じていて、別に誰がどう足掻こうが乱数列が変わるわけではない・当たる人には当たるだけであって他人の引きと自分の引きは関係ないと思ってますし、他人が当たったからといって自分に当たりが来ないとは考えていません。そういう意味ではドライな見方をしています。ロマンがないということかもしれませんね。

人によってはむしろ他人の当たり報告に大きく心を乱される人もいるみたいです。というか私をグラブルに誘ったラボ同期がまさにそのタイプで、この前も「グラブル真面目にやってないくせにシヴァ引いて『これって当たりですかぁ?^^』とか言ってる奴見てぶん殴ろうかと思った」って言ってましたね。大変そうです。

 

パジャマのズボンに穴が空きました

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重大事件です。パジャマのズボンのこのへん(図参照)に4mm大くらいの穴が空きました。何日か様子を見ているうちに7mm大くらいになっていて非常に危険な状態です。幸い中は暗いので外から中の様子が見えることはありませんが、不祥事が起きてしまう前になんとかしなくてはいけませんね。

 

なんで俺はブログにこのことを書こうと思ったんだ……?

ウメブラに行ってきました

こんにちは。とても上品です。この記事を書き始める6時間前くらいに二郎系ラーメンを食べたのですが、今もまだニンニクの香りの残滓を感じているところです。

 

ウメブラとは

ご存知ない方もいると思うので紹介しておきます。ウメブラというのはスマブラシリーズのオフ大会の一つです。公式サイトのAboutページを貼っておきますね。

スマブラのオフ大会の中では最大規模なのではないでしょうか。他にも有名どころだとオフ大会は闘龍門、オン大会はタミスマといったものがありますね。

そんなウメブラですが、スマブラSP発売後初めての開催となる記念すべき第一回ウメブラSPが2018年12月16日(日曜)行われました。そこに参戦してきたのでそれを備忘録がてらレポートにしたいと思います。

 

そもそも出るはずのなかったスマブラの大会

 そもそも私はスマブラのオフ大会に行くつもりはありませんでした。その理由は2つあります。

①お山の大将でいたかった

私はもともと「近所のマンションに住む友達うちでは一番強い」くらいの実力でしたので、普段やるとしても負け越すなんていうことは基本的にありえませんでした。要するにお山の大将ですね。みんなに「こいつにはスマブラでは勝てない」と思われる、そのお山の大将状態が私にとっては非常に心地よかったのです。

②上達に先が見えない

これが大会に出るとなると話は一変します。私よりも強い人達がゴロゴロいることがまず怖い。この「怖い」というのは恐怖心というよりも未知のものを知る困惑に近いです。そして今より上を目指したければたくさんの練習が必要になるということです。

DXの例なんかを見れば顕著ですが、大会で成績を残したければ普通に友達うちでやっているよりも非常に複雑な操作を多く要求されます。その練習をすることが怖い。練習したところで自分には習得できないのではないか、挫折してしまうのではないか、そういった恐怖心がありました。

という以上2つの点から私はスマブラの大会というものをDX、X、forの間ずっと敬遠していました。

 

初めての大会

というふうにずっと大会を敬遠してきていたのですが、とあるとき友人が就職している株式会社HERPさんから「こんどIT企業対抗スマブラ大会を開くのだが、どうだろうか」というお声がかかりました。

以前HERP社のオフィスにスマブラしに行ったことがあったというのもあり、せっかくお声がかかったのなら出てみようかなということになりました。そもそも「大会」とはいえ多分10-20人くらいの小規模なものになると思っていたので、あまり何も考えずちょっとしたオフ会くらいの気持ちでHERP社チームとして出ることにしました。結果としてはなんと6企業様にご参加いただいた上にSmashLogTVの方々(なんとあのあばだんごさんも!)に実況・配信していただく大盛況ぶりでした。 

 

ということで普段交流しないような方・自分と同じかそれ以上の実力を持つ方とスマブラで交流する機会ができてとても刺激を受け、それを機に「せっかくこういうふうに交流するなら強くありたい」「せっかくの機会だから動画とかも見て情報収集もしたい」というふうに思うようになり、その日からYoutubeスマブラの動画を積極的に見漁り始めるようになりました。そうしてスマブラモチベがどんどん上昇していきます。

ただこういう対外交流経験も初めての経験なので、スマブラモチベは高まったもののさすがに大会に出るにはまだ怖いという気持ちが強く、大会に出るのが怖いという気持ちともっと外の世界を見たいという気持ちがせめぎ合っていました。

 

どうして私がウメブラに?

ではなぜオフ大会に、それも最大規模のウメブラに出ようと思ったのか。

 

理由は簡単です。Ayuha(https://twitter.com/ayuha167)さんにお誘いいただいたからです。

Ayuhaさんとは大学時代から少しご縁があり、またその来歴に対して一種の憧れや羨望のようなものもありましたので、そんな方からの一押しもあり「ぜひ行きます!」という二つ返事で快諾。せめぎ合う気持ちもひょんなことから片方に振れるんですね。

 

当日まで

前日からソワソワが止まりませんでした。

まず、持っていくキャラが決まらない。そもそも私は多キャラ使いである上に多キャラ使いであることに誇りを持っているので、「これ」というキャラがいないのです。上達のためには単キャラ使いになるのが一番の近道(というか多キャラ使いになるのは遠回り)と知ってはいたのですが、やはりたくさんキャラがいてそれをある程度使いこなせるというのは楽しいものですから、自分で納得して多キャラ使いをしているのですが、こと大会となるとそれが裏目に出ます。キャラ性能のインクリングで行くか、トリッキーさが性に合っているミュウツーで行くか、練習中のベヨネッタで行くか、昔からの相棒であるデデデで行くか、それとも……結局当日の初戦まで決心がつかないまま初戦のその場でミュウツーでやることに決めましたが、悩む時間があるなら練習しろよという話ですね。

そして、初めての相手と対戦すること。今までは気心の知れた身内とばかりやっていたものですから、たくさんの知らない人とスマブラをするということで非常に落ち着かない気持ちになりました。自分の得意な戦法は通用するかなあ、最初からプロゲーマーと当たったらどうしようかなあ、フリー台でいろんな人と遊べるかなあ、などなどいろんなことを考えているととても落ち着かずソワソワしていました。

 

当日、試合まで

会場である大田区産業プラザに向かいます。9:30頃に会場の最寄り駅である京急蒲田駅に着いたのですが、私と同年代くらいの人達がみんな一様に大田区産業プラザに向かっており、うおおお俺は今からこの人達と闘うのかという武者震いのようなものも感じました。受験を思い出しますね。

現場に着いて会場入りします。入り口にSmashlogのエルさんがいたので少しお話をさせてもらいました。Switch持参割引で申し込んでいたのでその列に並び、番号を渡されそこへ向かってSwitchのセッティングをしました。

 

セッティングとテストプレイが終わってから自分のSwitchの前で手持ち無沙汰にしていると見知らぬ方から「フリー対戦しませんか?」と言われて喜んでフリー対戦をすることに。いやあ、こういうふうに声をかけてくれる人がいるというのは初参戦の私にとっては非常にありがたかったですね。

ミュウツーを出したのですが相手のディディーにボコボコにされました。5回やって5回負けました。自分が地力で負けている相手と対戦するというのは久しぶりの感覚だったのでとても楽しかったです。対戦相手のけんたろスさんありがとうございました。

 

開会式が終わり、各自のブロックへ移動。集まったところで点呼をしていたのですが、皆さん固有名詞で2音~4音のハンドルネームが多い中私のハンドルネームは「とても上品」という一般語で7音の長いハンドルネーム。

「Rairaiさん」「はい」←普通

「パッカさん」「はい」←普通

「ラティさん」「はい」←普通

「プチパックンさん」「はい」←長いけど固有名詞なのでまだわかる

「Cyanさん」「はい」←普通

「トテモジョウヒンさん」「……はい」←???

これ文字では伝わりきらないのが残念ですが火を吹きそうなくらい恥ずかしかったです。かなりややこしくなるので「デデデ」という名前を使わなくてよかったなとは思いましたが、次からは「Jo-hin」とか「上品」っていう名前で出ようかな。

同じブロックにえつじさんとザクレイさんがいました。修羅。

 

試合

予選トーナメント1戦目は不戦勝というか出場者の兼ね合いから私はシードになっていました。ちなみに同じような方はたくさんいるので私の運が特段良かったとかそういうのではありません。

予選トーナメント2戦目が実質初戦です。相手はしずえ。2本先取で先に1本取られて次に1本取り返し、1-1で迎えた3戦目。結果は……

負けました。初戦敗退です。

対戦相手の方は実力としては私とほぼ互角くらいの方だったのですが、3戦目終盤に上スマで博打しに行ったのが仇になりました。ミュウツーの上スマが当たれば勝ち・外れれば負けという場面で、博打とは言いつつもかなり本気で当てにいきましたが外れてしまい、返しの横スマで撃墜されました。リスク管理的観点から言うと私の上スマは間違った行動なのですが、私としては本当に本気で当てるつもりで撃ったので行動に悔いはないです。

 

その後

それからは空いているフリー台を探してのんびり歩き回りながら前のスクリーンで表示される予選決勝なども観戦しつつ、タイミングをみてAyuhaさんに声をかけに行きました。ウメブラの話や配信周りの話などいろいろ話を伺いました。

その後はIT企業対抗スマブラ大会のときに知り合った方々と会場で偶然出会ってから行動を共にしていました。

その方々とフリー対戦をしていたのですが、途中で「混ぜてもらっていいですか」ともう1人参戦。やけにネス上手い人だなあと思っていたのですが、なんと第二回タミスマ優勝者のがくとさんであることが判明。タミスマ追っかけてなくて把握できてなかったので当時はどなたかわからなかったのですがこんな大物だったとは。

3ストック戦を2回やって奪えたストックはどちらも1ずつ。せめて2.5ストックくらいは奪いたかったですね。ただ私のミュウツーも空前とか上スマがしっかり入っていたので案外捨てたもんじゃないのかも。

あとはサブイベントの乱闘トーナメントに参加して、その後シングルスのTOP8を観戦してお片付けして撤収。とても楽しい1日でした。

 

まとめ

ウメブラはオフ大会ですから、そこに来る人達というのは皆さん多かれ少なかれ「スマブラを盛り上げたい」という気持ちを持っています。そういう共同体の中にいられること自体が非常に大きな刺激になりますし、私もその中にいられたことを誇りに思います。参加したことでスマブラモチベも非常に高まったので皆さん私とスマブラ遊びましょう。

ウメブラはいいぞ。みんなも行こうな。行きにくければ私を誘ってください。

 

大会に出ることへの腰が引けてるそこの君へひとことメッセージ。

「うるせェ!!!いこう!!!!」

 

昨日の記事の翌日譚

こんにちは。とても上品です。スマブラ新作楽しいですね。灯火の星が長すぎて若干キレていますが。

 

さて、昨日の記事を書いてからまだ1日も経っていないですが、補足というか感想というかそういうものをつらつらと書いていこうかなと思います。

 

いろんなメッセージを受けた

まず、リプライなりDMなりでいくつか励ましの言葉をいただきました。どちらもとてもありがたいです。「心が暖かくなる」とはこのことか、と実感しました。文字なので伝わりにくい上に月並みな言葉ですが本当に実感しているんですよ。

できる範囲でお返事はしていますが、この場でもお礼を言います、ありがとうございます。

あと主にはてなブログ(2018-12-11 19:34追記:はてなブログではなくはてなブックマークのほうでした、はてな初心者恥ずかしい)のコメントのほうではお叱りの言葉も多数受けました。中には「オ、無法地帯だなァ」「こういう人が『それ』を増長してるんだなァ」と思うような非建設的なものもいくつかありましたが、好きの反対は嫌いではなく無関心、関心を持ってくれているだけでもありがたいと思いました。オイオイそんなに俺のことが好きなのか?皆で写真撮ろうぜ。

 

いただいたアドバイスについて

DMやリプライなどでアドバイスを受けることもありました。非常にありがたいのですが、今は無気力状態に近いので自分からあまり動くことはできません。特に卒論執筆に関してのアドバイスは正直実行することは不可能に近いかとは思いますが、しっかりアドバイスとして心に留めておきます。

 

精神状態について

精神状態はかなり流動的でアナログな状態であり、現段階ではかなり安定しています。あの記事からは私の精神状態が常に悪いように見受けられるかもしれないのですが、内面の流動的な精神状態を記事・文字としてバチっと書いてしまうとデジタルな表現になってしまうのでそのように見受けられるかもしれません。今は非常に安定した状態であり楽しいときはきちんと楽しいと思えていますので、補足しておきます。

(2018-12-11 19:46追記:とはいえ健全な精神状態とは言えないですし、しかるべき機関に一度診てもらおうと思っています。)

 

自己肯定感

昨日の記事では自分のことを無能無能と表現していました。確かにアカデミックな面においては自分は無能だとは思っていますが、私は自分の長所には自信を持っています。遊びや企画に人を巻き込む能力、その場を取りまとめる能力、場を盛り上げる能力、人と打ち解ける能力、好きなものにとことん打ち込む集中力など、そういった主に人とのやり取りの中で発揮される能力に関しては自分の長所だと理解して大事にしています。そういう面での自己肯定感はきちんと持っています。なんかナルシストっぽくなりましたが、自尊心がズタボロという状態ではないということを補足しておきます。

プライド高いよねという指摘を何度か受けました。自分では全く意識してはいなかったのですが確かにそうだと思います。わからないことを人に聞くことができないというのは単に「人を頼る能力がないから」「人を頼って相手の時間を奪うのが申し訳ないから」だと思っていたんですが、確かにご指摘の通りプライドが高いのも理由の一部にはあるなと思いました。

B4になるまでは「俺は地頭良いしコミュ力あるし最強!w」くらいの気持ちでいたんですが、最近は「俺はコミュ力あるし最強!w」くらいに落ち着いており、勉強面でのプライドはとうに捨て去って自分はゴミなんだという自覚は去年くらいから持てるようになっています。ただ自尊心は人格形成において非常に重要なので、高すぎず低すぎず適度なプライドを持つようにしてたいですね。

 

あの記事を書いた理由

さまざまあります。

まずひとつはシンプルに「吐き出してラクになりたい」というものです。ずっと自分の中でノイローゼ気味であることを内に秘めておくのはやはり辛いもので、いつか誰かに吐き出してラクになりたいと思っていました。ただマイナスな感情というのは周りの人に対して良い影響を及ぼさないので、本当は全てを抱えて外に出さず墓まで持っていこうと思っていました。

2つ目は「外に出すハードルが下がったから」です。1週間ほど前にキャンパスから帰宅している途中で「あ、どうも」と声をかけられて、顔に覚えがなかったので「あ、どうも……ん?えーっと……」みたいな反応をしていたら「○○研(私の所属する研究室)のB4です」と言われて、スマ~ンとなりました。研究室に行かなすぎて後輩の顔も知らなかったのです。

帰る方向が一緒だったので少し一緒に帰っていました。そこで話している途中にポロッと「まあ多分俺退学するからね。あ、今のは誰にも言ってないことやから」とぼやいたのです。自分でも驚きました、サークルの後輩ならまだしもそこまで交流のない後輩にこんなに簡単に打ち明けてしまうのかと。むしろ交流の薄い後輩だったからこそ言えたことなのかもしれません。

一度口に出してしまうということはやはりもう自分の中では決心が付いていたんだなと思い、外に出すハードルが下がりました。先週末の学科の飲み会で何度か「これからどうするの?」って聞かれたんですがもう隠すこと無く「多分退学するんやないかな」と答えることができました。表に出すハードルがかなり下がった、というのも記事を書いた理由の一つです。

3つ目は「今後のことを何度も聞かれるのがめんどくさいから」です。これからどうするの?と聞かれて話を中途半端にはぐらかすのも疲れるので、「説明するのもダルいから黙ってこの記事を見ろ」と返せるようになるためです。 

 

イジリについて

留年イジリや高卒イジリを受けることがありますが、基本的には歓迎していません。特にキレたりはしませんが、探り探りイジるくらいなら最初から黙っていてくれたほうがありがたいです。世の中イジリが上手い人というのはほとんどいないもので、黙っていれば無害でいいのですがつまらないイジリをする人間はつまらない人間です。なんかこういうこと言うと逆張りオタクがイジってきそうですね。

一部例外として、去年の学祭で久しぶりに会った理学部の友達からいきなり大声で「おい高卒ー!w👉」というとんでもない直球イジリを受けたのですが、この言い方なら相手が傷つく暇もないであろうという予測のもとでそれくらいのことを言う気概があるのはすごいなと思い感心しました。イジリが上手い人というのはありがたいものです。なかなかいないのが残念ですね。

 

研究室について

身内の人間は全て知っているのであんまり意味はないんですが、前の記事に引き続き一応ネットリテラシーの観点から大学名や研究室名、教員名などは伏せたまま話をします。

とても過ごしやすいです。というか今住んでいる家に机とか椅子などと言った家具がないので、普通に椅子に座って机に向かえるだけでも快適です。理系の建物なのでネット回線も非常に早く、1Fにコンビニもあり、ラボメンとの仲も良好と、非常に過ごしやすい環境です。

たまに教員が部屋に入ってきて学生といろいろ話をしているのですが、私の席に来ると「卒論どうするつもりなの?」みたいな話を振ってきます。いや、「卒論は自分でやるものだから自分で考えれば」と見捨てておいてそんなこと言うのかという感じですが、私としても卒論の話を振られるとどうにも答えにくくて良い気分にならないのであまり研究室には行っていません。(この記事を当該教員が見ているかもしれませんがそれは些末なことです。)

一人の人間・一人のオタクとしてはある程度の人間関係はありますし話もしやすいですが、学生と教員という関係においてはあまり良好な関係とは言えません。私が研究面で無能であることを教員もわかっているでしょうし、扱いに困っているんだろうなという感じも見受けられます。

先輩・後輩・同輩、また昨日の記事を読んでいただいた方の一部から「研究室変えようぜ!」というお話を受けることがあります。確かにそれは大きな一手にはなると思うので、検討してみようかなとは思っています。ただ実際に研究室を変えるとなると自分からあっちこっちにいろいろと動かなければならず莫大なエネルギーが必要になるので、卒論ですら動けず退学に手をかけようとしている自分にそこまでの行動力があるかと言われると甚だ疑問ではあります。移籍しようかなぁって言うだけなら簡単なんですがね。

この記事を見て教員や学科が動いてくれるようなことがあれば万々歳なのですが、そんなことは万が一にも起きないでしょうね。

 

Twitterについて

昨日の記事が自分が思うよりも広く拡散されていて、新たにフォローをいただくこともあってありがたいのですが、普段はしょーもない身内ネタやら下ネタばかり言うくだらないアカウントなので、昨日の記事はめっちゃまともなんですが普段からあんな真面目そうな感じではないということをここに注記して謝罪しておきます。別にここに注記しておくようなことでもないですね。

 

ブログについて

なんかどんどん話がどうでもいい方向に行っているのですがもともと今日の記事はそういうつもりで書いています。

そもそもこのブログは私がグラブルを始めてから今までのことを綴りながら、あとは適当に感じたこと思ったことやら趣味の話やらを綴っていく不定期な日記にしようと思って作ったものです。昨日の記事よりも前の記事は本当に身内向けに粛々とのんびり書きたいことを書いていてあまりにも昨日の記事とテイストが違うので、昨日の記事が拡散されてなんかちょっと気恥ずかしい気持ちになりました。

数ヶ月に1回とかのペースで近況報告などはするかもしれませんが、基本的にはくだらない趣味の話をしていくつもりでいます。

 

昨日の記事について

思ったより拡散されていて驚いています。アクセス解析からPV数を見てみると自分が予想していたよりも100倍以上(本当に100倍以上)の回数読まれていました。自分の発信したものを受け取ってれる人がこんなにたくさんいるというのは非常にありがたいことです。

あと「最後まで読む人いないだろ」みたいなことも言っていましたがあれは逆張りとかではなくあくまでも本気で、学科民・サークル民・ゲーム仲間などの狭くて近しい範囲の人間に読んでもらえればいいな(これからどうするのと聞いてくるのはだいたいその範囲なので)という身内向け記事くらいの気持ちで書いていました。書いているとどんどん筆が進んでいき8000字になったときにはビビりましたね。と言いつつこの記事も4000字ありますが。

ちなみにタイトルは太宰治の「人間失格」の一節にある「恥の多い生涯を送って来ました。」のオマージュです。

 

ということで昨日の記事の翌日譚(?)でした。

また適当に加筆するかもしれません。