とても上品な日記

雑談とかしながらグラブルの話をするための備忘録のつもりがグラブルの話全然してないことに気づいた

近況報告:引っ越しのこと、ブログのこと、今後のこと

こんにちは。とても上品です。

 

本当は先日上げた記事(で、お前は今どういう状況なの? - とても上品な日記)が後でこちらの記事が先に上がるはずだったのですが、誕生日=年度変更が挟まったりメンタル状況が不安定だったりしていろいろあり、こちらを後に投稿することにしました。

 

では、近況報告です。

 

本題①引っ越しをしました

引っ越しの理由

簡潔に言えば、隣人トラブルです。隣人がゴミでした。

 

ただ、隣人トラブルの仔細をここに書くのはブログの趣旨が違うかなと思いますので、書かないでおきます。特に発展性の無い話題ですし、「隣人がゴミだったぜ!」というだけの話なので読んでて特に内容が面白いわけでもないですからね。

もう数ヶ月も前の話ですし「悪い過去だったね」で終わるので、特にTwitterやnoteなど他の媒体で出す予定もありません。

 

引っ越し

よく考えると、ポジティブな引っ越しではないんですね。隣人がゴミだったというネガティブな引っ越し。

旧居は山手線のとある駅が最寄りで、立地が良い、部屋も広い、日当たりも良い、駅の周りはなんでもある、大学まで自転車で行けるなど(隣人を除いた)住環境で言えば相当過ごしやすい場所でした。

ただ場所が場所だけに家賃が割高で、更新月も近づいてきており、大学にももうほぼ行かないし、隣人がゴミであることを考えると、引っ越ししようかなという決断に至りました。

そしてかなり遠くに引っ越しました。今は23区外に住んでいます。

 

引っ越し直後

しんどかった。とにかくしんどかった。

家賃は結構安くなりました。3割減。山手線最寄り駅からの引っ越しなので、さすがに駅周辺は前より寂れています。

そしてとにかく冬の屋内が寒い

最近は暖かくなってきましたが、引っ越しをしたのは2月の初旬でまだ寒い時期でした。鉄筋コンクリートながら築年数はかなり古く、断熱性能が低いんだと思います。なんと屋外と屋内が同じ温度。冬の日中は外より寒く、夜間は外と同じくらい寒い。しんどいですねえ。

もう引っ越しから2ヶ月半ほど経っており、周りに何があるのかも把握でき、生活のリズムも掴み始めているため、ようやくなんとかまともな生活が送れ始めたかなという感じはありますね。

引越し後なんて就寝中の顔が寒すぎて午前4:30に起きてしまったことがあります。耐え難いくらい寒いので、貼るカイロとか、暖房効率UP用のサーキュレーターとか、就寝中の顔を覆う防寒ドームとか、いろんな防寒グッズを買いましたね。家賃安くなってもこれじゃ意味ないよ。

この記事を書き始めたのは2月中旬なのですが、その日はあまりにも家に居たくないので朝からチャリ飛ばしてコメダ珈琲に来てPC開いてこのブログ記事書いていたくらいです。なんとコメダ珈琲の全メニューが旧居より50円以上安い!

隣人関係は今のところ問題ありません(引っ越し直後から隣人関係の問題が起きるほうがおかしいですが)。あと鉄筋コンクリートなので、以前は防音性能上できなかった夜間のゲーム通話がやりやすくなったのはプラスかなと。もちろんSplatoonやって発狂して大声出すみたいなのは今も昔もさすがにダメですけどね。回線はちゃんと通したので引きこもりゲームオタクくんには問題なくなれています。

 

本題②最近ブログ更新してなくない?

ブログの更新頻度が落ちていることについてですが、これは2つ理由があります。

理由①そもそもブログで報告するほどのことがリアルで起きていない

ワロタ(死語)。

そう、何も起きてないのです。マジで何も起きてない。

前々回の記事でブログを2020/9に更新して以来本当に何も起きてないんですね。

去年12月くらいから隣人トラブルがひどくなってきてそれの対処に追われ、何か起こすどころではなかったというのもあるんですが、それにしたって大学関連も労働関連も本当に何一つ起きていない。労働クビになって腐って半ニート状態で家でFF14やってるオタクくんがそこにあるだけ。

 

理由②リターンが無いことに気づいた

ここが核心です。

ブログ記事2000字読ませておいてやっと核心を書くなんてこいつ本当にライターやってたのか?という感じですが、それはもちろんわかった上で、これは収益目的の情報サイトではなくあくまでもただの個人ブログなので許してくださいね。

何度か書いていることですが、以前書いた記事(後悔の多い大学生活を送って来ました - とても上品な日記)が私のブログの中でもメイン記事というか最も大きな記事で、これが予想外にバズって研究室の博士の方の目に留まり助けてもらったことがきっかけで、卒論が書けて大学卒業が確定できたわけなんですね。

で、私はこの経験から「ブログではきちんとSOSを出そう」と思うようになりました。人間は経験から学ぶ生き物ですから。

もちろん単純に近況報告をまとめたり、シンプルに読み物として・文章として面白いものを意識したり、今こうだよーしんどいよーということを表明する露悪趣味の発現の場所として使ったりなどなどいろんなモチベーションはあるんですが、私の中で一番大きかったのは「(運が良かっただけではあるものの)ブログを書いたことで結果的に大学卒業が確定させられた」という事実です。

辛い思いをしていても「今こういう状況で辛いんです!」ということを表に出さないと、周りが何もかも察してくれるわけではないし、私が何をどう辛いと思っているかわからないと助けようと思っても誰も助けようがありません。

だから、こうやってきちんと表明するようにしているのです。卒論のときにあったように、心優しい誰かの目に止まり、その心優しい誰かの助けによって私の辛い現状の何かが変わってくれるのではないかという期待も込めて。

 

ただ、そんな奇跡は起きない。もう二度と起きることはない。

二度と起きないからこそ奇跡だったんですね。

 

残念ながら、しばらくブログを書き続けていても「心優しい誰かの目に止まり、その心優しい誰かの助けによって私の辛い現状の何かが変わってくれる」なんてことは無いんだな、ということに最近気づきました。(※勘違いされないように言っておくと、これは読者が悪いという意味ではありません。後述します。)

例の記事は"さいご"の記事として書いたつもりのもので、いろいろ悩んで必死にもがいた結果あの記事ができたわけですね。もがいた結果ではなくもがいている途中の産物だったのかもしれません。助けを求めたSOSの意味もあり、それはある意味成功もした。

ただ、最近の私が「こうこうこうで辛いんだぜ!」と言ってSOSを出しても、何か私にとって現実的なリターンになることは起きない。

私のブログを読んでくれる人は、単純に興味で私のこと・私の現状を知りたいと思ってくれていたり、文章おもろいから読みに行くかと思ってくれていたり、同じように辛い思いをしている人が"仲間"の様子を見に来たりなど、そういうニーズなのかなと思っています。あわよくばその中で心優しい誰かの目に留まれば……と思っていたんですが、残念ながらそれは起きない。

じゃあブログ書く意味がなくね?ということに気づきました。こちらのニーズと読者のニーズが合っていない。

ここで勘違いしないでほしいのは、読者が悪いと言いたいのではなく、あくまでも私が過去の経験をもとにして過度に期待していたことがバカだった、という話です。私を助けることを目的にこのブログを読んでくれる正義の(?)ヒーローなどという都合の良い存在はいない。言わずもがな当たり前のことですよね。何バカな期待してたんだろう。

ヒーローはいないし奇跡も起きないので、じゃあ自分にとって現状が辛いことを表明する意味がない。露悪趣味の一部として自分のダメなところを表明してわざわざ自分から辛くなる理由もない。辛いより楽しいほうが良いですからね。当たり前のことです。

そう気づいた以上は筆を執る理由なんてなくなってしまうわけで、そういう理由で2020/9からはブログの更新が止まっていました。実際この記事以降もリアルが変わらない限りは一生家でFF14やってるオタクくんがそこにあるだけで、たぶんブログ執筆自体は先細ってしまうんじゃないかなと思います。盛者必衰、それも仕方のないことなのかなと。栄えてないですが

こういう言い方だとブログをやめるという意味になりかねないですが、そういう意味ではなく、ブログを閉じるつもりは全くありません。リアルが変わればまた報告しようかなと思ってますし、数日間・数カ月間頭の中でぐるぐるしている思考=軽度のノイローゼの発露の場所としても結構役に立ってます(実はブログ書くと結構頭がスッキリするんですよ)。

あとは単純に誰にも何も怒られず自由に書ける媒体っていうのは大事ですからね。そんなこと言って自由に書いてたら前職でブログ見つかってクビになったわけなんですが!

 

本題③今後のこと

またここでクソ大事な本題。本題を後に持ってくるとかライターやったこと(ry

2020/11に大きなことがありました。親から「2021/4からは仕送りを止めようと思う」という連絡が。

仕送りを止めるということは、自分で労働先を探して自立しなければならないということ。今までは親からの仕送りで半ニート状態で生活できていたのが、いよいよ自立しなければならない。

正直当然なんですよね。アラサーもいい年になってきて、大卒もしてなければ労働もしてない。父親も60超えてきて、老齢の祖父母に関する身内の問題もある。だから特に私から反対とかそういうのは全くなかったし、私からは「わかった、頑張るわ」以外何も言いませんでした。

だからこそ親も「仕送りは止めるが、困ったときは力になるから頼って」と続けてくれました。ここは親子の信頼関係ですよね。

 

ということで、現在絶賛労働先を探しています。記事執筆を開始した2月中旬の少し前にバイトの面接もしてきました(なおこのバイト応募は3月中旬の記事追記時には既に落ちています)。今後また可能性を探してみようかなと思っています。

大学も本当は2021/3に卒業予定だったところをさらに伸ばしました。卒業予定だったのをさらに在学延長するってもうこれ何回目だよ。ただ、休学期間と在学期間の関係上、2021年度が正真正銘の大学ラストイヤーになります。

 

新卒(?)カードがあるとはいえ、来年4留の27歳で院卒ですらなく学部卒予定なんていうクソみたいな状態になってしまっているので新卒採用だの正社員だのはどう考えても厳しいですし、就活で自分の過去を否定し続けるのもされ続けるのも耐えられそうにないので、結局フリーターとして生を終えるしかないだろうなワラという感じなんですが、それでも私は生きて友達とゲームをしたいので、フリーターだろうが何だろうが、いくら周りが公務員やら正社員やらで良い給料もらっているのを見て自尊心が傷つこうが、とにかく生きてやるぞと思っています。

なんかカッコつけた言い方ですけど、正直そう生きるしか道がないだけなんですけどね。コンビニバイトとか探せばあるでしょ。コンビニバイト舐めすぎかな。

「大学いいとこなんだからどこでも行けるだろ!」という意見もあるかもしれませんが、驚くなかれ、周りを見るに現実はそう甘くないんですね。この話は私のことだけじゃない話になる上にあんまり気持ちの良い話ではないので掘り下げませんが。

 

で、こんなふうに困ってるんですわ~って表明したからといって運良く誰かが助けてくれるわけじゃないんです。私も逆の立場=読者側の立場だったら「この上品って人は大変なんだね、頑張ってね~」としか思わないだろうし。

リアルで過ごすうちに頭の中で「あーこれブログに書こう」と思ってることはちょいちょい発生するんですけど、リアルで何も変化が起きてない状態で=頭の中の思考を発露させるためだけに「今こう思ってます(けど何もしてません)」というブログ記事を書くのは実はあんまり趣味じゃない。「実行力が無いだけじゃん、ブログに逃げてるだけじゃん」と自分でも思いたくないし、他人にも思われたくない。実際のところ実行力が無いだけなんですけど。

だからこうやって引っ越しだのバイト応募だのいろいろリアルで変動があった段階で、つまり頑張って何かしら実行していますよと見せかけた状態で「現状こうです。そしてこれから○○します!」という形でのブログを書いているので、周りも「そうか頑張ってるのか、じゃあ頑張ってくれよ!✋」としかならない。

何もかもが噛み合ってない。そういう意味でもブログを書くことのリターンが無いという話に戻ることもできます。

 

話が逸れましたが、頑張って労働先探そうね~という状態だよ、という話です。とか言いつつそんなに真面目に探してるわけでもないので多分そのうち破滅するんじゃないですかね。もしかしたら破滅願望でもあるのかもしれないし、実はADHDってやつなのかもしれない。よくわからないですね。

 

とりあえず2022/4の新卒採用を狙いながら、自分の脳を既存の職能として使える教育系のバイトでもして食いつなごうかなと思ってます。 金が無いと何も始まらないですからね。

 

小話

最近、大学のとある後輩さんが「自分も非常に苦しい状況だが、上品さんのブログに救われた。足しげく読み返している」という旨の発言をしていました。

また、前回の記事に「文章のファンだ。上品さんの記事に救われた」という旨を含むコメントをいただいておりました。

これは私にとっては意外なことでした。

私の書く文章は読みやすさや共感性などに特徴があると思っており、どちらも私がある程度意識していることでもあります。共感性というのは同じように苦しんでいる人たちが数多いるであろう中で私という1サンプルがこうやってブログという形で状況や感情を言語化している・表象しているという意味で、その重要性は肌身で感じています。

ただ、そもそも内容が非常にダウナーなため、私のように現実が苦しく共感する人も/現実が順風満帆なため共感できない人も、読んだところでじんわり苦しい気持ちになるくらいのものなのだろうと思っていましたし、実際ブログの立ち位置としてもそうなんじゃないかと思います。以前に友人から「ブログ読んで辛い気持ちになった。胸が苦しくなった」と直接言われたこともあります。

それも含め、また先述のとおり「誰か助けてくれないかな」という非常に打算的なモチベーションで書いていたというのもあり、逆に私の文章で救われたという人が存在するということが想定外でした。

以前最もバズった記事(後悔の多い大学生活を送って来ました - とても上品な日記)への反響は"お叱り"を含めたガヤが4割、応援メッセージが4割、アドバイスが2割くらいという感じで私は励まされる側だったんですが、何がどう転ぶかはわからないものですね。

とある漫画の名言に「人は、いつ死ぬと思う…?(中略)…人に、忘れられたときさ…!」というのがあります。予想外の反響ではありましたが、私の文章が誰かの心に良い響き方をしたのなら、誰かの心に残ったのなら、誰かの助けになっていたのなら、それは喜ばしいことだなと思います。

 

まとめ

2月中旬に7割くらい書いて3月中旬に残りの3割くらいを書いて4月中旬にまた追記したのでかなり流れとかテキトーになってしまいましたが、

・引っ越しをした話

・ブログを書くモチベーションの話

・仕送りが終わるので頑張って自立しようねの話

の3本立てでした。日曜夕方の国民的アニメの放映時間に投稿したほうがよかったかな。